遺伝性疾患についての意見
2006年2月
近年血統書のついた犬種が増えてきたことにより、雑種犬というのを最近では、見かけなくなりました。「雑種犬は強い!」という言葉を 皆さん一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?逆に、純血種だから弱い?なんてよく聞かれますけど、純血種には純血ゆえの悩みがあるのです。
さて、雑種犬は強いのです。
遺伝学で言うところの「雑種強勢」というのがあるからです。
雑種強勢とは、生きていく上で、 強く生きるための情報を残していくということです。
遺伝的に弱い情報を持つのは封印されてしまいます。
で、強い形質だけが出るように都合よくできています。遺伝子というのは一対のものなのです。お父さんとお母さんから一個ずつもらって、それが組み合わさって一つの情報を作っています。その組み合わさった二つが、たとえば、片方は病気の情報や、体質が弱いという情報を持っていた時に、もう片方が、強い情報を持っていたら、弱いほうを打ち消したりします。そして、子供ができた時には、どちらか片方が子供に受け継がれます。弱いほうを受け継ぐことになると、もう片方の親からも、弱いほうの遺伝子をもらったら、そこで病気が現れたりします。おじぃさんの体質が遺伝したりするのはそういう意味があったりします。
「病気になっていなくても 遺伝病が隠れている。」
そういう危険性を常に考えて交配させていかないといけません。特に日本では、いい加減な交配が繰り返されたりしたこともあり、ひじょうに病弱な血統が多かったりします。何代にもわたって、健康でない子を交配に用いることで、特定の病気・体つき・体質が血統的に固定されてしまったりします。純血種を作り出すときには、目指す体つきや性格の固定を行うことがなされてきました。ここで少し犬種の歴史を書いていこうと思います。
長い歴史の中で犬は用途に応じ改良されてきました。
特に犬種の歴史をざっと眺めれば、1600年代以降に固定された犬種が多いです。
この時期は、 無理な繁殖を繰り返した時期だったのかもしれません。 現在でもこのときの名残が残っている可能性が否定できないことがあります。
遺伝病の歴史を考える時に本当に参考になるのが、この時代以降に作り出された犬種に遺伝病が多く、 古代からの犬種には比較的少ないということです。
遺伝病が多いというのは、犬が病弱というのではなく、 狭い範囲での繁殖をくりひろげるうちに 遺伝子が固定されていったということです。 例えばシベリアンハスキーは、限られた地域での繁殖を繰り返したことにより 遺伝的に認められる疾患が多いのです。
では、犬ごとにどの程度遺伝子が異なるのか?最近はそういう研究が進んでいます。参考までにそれを書いておきます。犬の遺伝子解析(DNA解析)がどんどん行われていますが、調べれば調べるほど様々な違いがわかってきます。たとえば、大まかな犬の遺伝子解析は2004年に結果が出ました。それ以降様々な犬種の遺伝子解析がなされてきました。遺伝子の中には、様々な情報を決定するための配列(塩基配列)があります。
犬では、この配列は24億個にのぼります。24億個の塩基配列において、どの程度の差が出るのか?ボクサーとアラスカンマラミュートを比較したら、787個に1個の違いがあり、グレーハウンドとボクサーでは、945個に1個の割合で違いがあったそうです。
この違いが大きいのか小さいのか?この数字だけでは到底わからないと思いますので、人間と比較してみます。人間では、各個人、遺伝子配列を比較すると、違いは900個に1個ということです。
ほとんど、どの犬種でも、差はないと考えられます。しかし、遺伝子は、様々な要素を決定しています。人間でも、欧米人、東洋人、南米の方々、アフリカの方々。全て見た目も違えば、かかってくる病気も異なります。犬であっても同じことだと思います。すなわち犬でも、人と同じ数の遺伝する病気があると言ってしまっても間違いではないと思われます。
現在犬の遺伝病としてわかっているものは500弱。人間では、すでに15000を越えていると言います。まだまだ未知な部分が多い犬の遺伝病ですが、科学技術や医療技術の急速な進歩の後押しを受けて、10年もすればかなりの数の遺伝病を発見し、そして不幸にも生まれながらに病気になる遺伝子プログラムを持った子たちを減らすことができるようになると考えています。
さて、話を戻します。
純血種は作り出される過程(遺伝子を固定して、生まれてきた個体に差がでないようにする過程)で、様々な犬種が使われています。ダックスを例にあげさせていただきます。ダックスには スムースヘアー、ロングヘアー、ワイアーヘアーがあります。
それぞれ、スムースは、 古代の短脚のハウンド犬(現存しない犬種、ダックスやバゼットの祖先)と 初期のピンシャー(現在存在しない犬種)、 ダックス・ブラッケとの交配により誕生しました。ロングヘアーは、スムースにスパニエル系、アイリッシュ・セッターなどを異種交配、ワイアーはテリア系、 ラフ・ヘアード・ピンシャーと 交配させることにより作り出されました。
ダックス同士での交配では、様々な毛質の交配がおこなわれていますが、 毛質についての遺伝形式では、 ワイアーは、スムースにもロングにも優性で遺伝します。
また、スムースは、ロングに対して優性と言われています。 ロングは、他の犬種と掛け合わせたら常に劣性です。 また、お互いの毛質を大切にするなら、 ロングとワイアーは掛け合わせない方がいいです。ロングヘアーにはスパニエル系が入っているので、ロングを作り出す以前にはダックスには少なかった目の病気がスパニエルからダックスに入ってきています。
ダックスにスパニエル系が導入された時期からスムースにも眼の疾患が増加傾向になったようです。ロングに入ったスパニエルの持つ眼科疾患の遺伝的要因が スムースという隠れ蓑でうまく隠されているとも考えられます。最近ダックスでは本当に眼の病気が増えています。その多くが遺伝病です。実際、ダックスでは遺伝する可能性が示唆されている病気は、80種類を超えます。え?そんなあるの?えぇ、そんなにあります。
単純にダックスだから、というだけで、ブラックタンのロングのダックス、ワイアーヘアーのダックスを同一と考えるのは早計かもしれませんね。 別の犬種としての認識を持つくらいの気持ちが必要ではないでしょうか。
こうやって考えたら、どこにどのような病気の情報が入っているのか?
ということをデータ的に解明していく必要が あるのではないでしょうか?
そうすることで、 今後不幸な子を減少させることって十分可能なはずです。
不幸な子を減少させることも必要ですけど、不幸になる飼い主さんを減少させるのも必要だと思います。特別知識のない飼い主さんに対してそれをケアしていけるのは、
獣医師であり、ブリーダーさんであり、
そのデータを管理して意識向上の啓発を行うのは、血統書発行の団体であるべきだと思います。近年徐々にそれに対しての取り組みがなされてきました。しかし、その効果を打ち消すように、無知な繁殖が横行しています。犬種毎に遺伝する病気も違うんです。では、あなたの飼っている犬の子供が欲しい場合に注意しないといけないことは?まずそれを考えてください。そして、その答えが出ないうちには、子供を作らないでください。
産まれてくるからには、何らかの意味を持って産まれてきていると考えています。ペットとなる子では、飼い主さんに可愛がられるために産まれてくるという意味を持たせてあげたいと私は考えています。病気になるという運命を持って産まれてくる子を作り出してしまうようにならないようにしていただきたいと思います。
知らないでは済まされない現状が今、目の前にあります。誰かを不幸にすることを知らないままで作り出す無知の罪を犯さないためにも、少しだけ考えてください。
新庄動物病院
院長 今本成樹
Penn HIP認定医