1999.8.2
嘔吐、下痢が止まらないので安楽死をおねがいしたいねこがいる、との電話がありました。
はあ、はあ、とりあえず一度連れてきてみせてください、治療してなおるかもしれないじゃありませんか、.....................
ずいぶん短絡的な人たちだなあ、と思いつつ電話を置きました。
1時間ほどしてなまりのある老夫婦が1才ほどの黒猫をネットからだしました。
見ればやせてもいない活発そうな猫。
とにかく3〜4ケ月前からもどして、下痢をしてなかなかなおらず、へやの掃除もたいへんとのこと。
「ところで、どこかの病院で治療して、それでもなおらなかったのでしょうか?」
「いや、病院はここがはじめて」
マンソン裂頭条虫でもいるんかいな、それともIBD?
あるいは異物、若いのに腸管の腫瘍?
が、しかし飼い主は診断にも治療にもきわめて関心が薄い。とにかく安楽死が希望。
さて、このようなケースでは獣医師の数だけ対応の仕方があり、
というよりは獣医師は動物の病気の教科書を離れて世間の風に当てられてさまざまな気分を味わうはめになります。
正義派ぶって説教を始める、動物愛護の顔をして怒ってみせる、
なんらかのポリシーを念頭におき敢然と安楽死を断る、などなど。
普段の表情が消えてなにやら専門家ぶるということは要するに余裕を失って
いるということ。
まずは獣医師としてのプライドが傷つけられたのです。
自分が単なる道具のようにみなされている、診断し治療する能力がもとめら
れていない、などと感じられるからです。
なにも言わないジジ
1999.8.3
ともあれ名前のない黒い猫は「ジジ」と命名され当院の居候、ペットとなりました。
最初は入院ケージの中、新聞紙のかげに隠れて黄緑の眼をキョトキョトと動かしているだけでしたが,
なかなかひとなつっこくあまえんぼうな性格であることがわかりました。
血液検査はつぎのとうりでした。
WBC.15500
RBC.928×10000
HB.15.3
HCT.44.6%
MCV.48 MCH.16.5 MCHC.34.3
GPT.16
Creatinine1.2
FIV(+)
飼い主の老夫婦は嘔吐、下痢が止まらないのでこれはなおらない病気と決めたのでしょうが、
血液中の抗体検出によってジジは猫エイズにかかっていることが判明したのでした。
はー.........!
しかしよく治らないとわかったものです。
偶然?いやいや獣医師は専門家の常でときにあまりに数字や画像に頭が占領されすぎて常識的な判断を見失うことも多いもの。
なおる病気かなおらぬ病気か、予後に関して一般の飼い主の方がドライに見極めをつけうるケースも多い。
1999.8.15
ジジはときおり元気がなくなりたべものをもどし、あまったるいような臭いの下痢をする。
ステロイドを投与しソルラクトを皮下注射すると調子が戻るようだ。
1999.8.25
やはりときどき甘ったるいようなにおいの下痢、嘔吐。おそらく慢性の腸炎がひそんでいる。
好酸球性かリンパ球性かなにか?
......バイオプシーしなきゃわからないがステロイドに反応するところをみると......?
1999.10.1
ジジは病院の外に出ても少しあそんですぐ帰ってくる。
ニャーニャー鳴きながらドライフードをねだる。
この子のからだの中に不治の病気がひそんでいるようにはまったくみえない。
1999.12.2
4〜5日前から食欲がなくなり、涙目、鼻水がひどくなってきました。
鼻水にはうっすらと血が混ざり、あれほど食いしん坊だった子が、水も食べ物も一切口にしなくなってしまいました。
体重は、4.5kgから3.8kgまで減ってしまいました。
3日ほど前からアンピシリンを午前、午後と日に二回投与しています。
今日はソルラクトを点滴し、様子をみています。
猫伝染性鼻気管炎(FVR)にかかってしまったのか?
このウイルスはふつうは致死的ではないのだが抵抗力のないジジには非常に危険なものとなることが予想される。
点滴中のジジ
1999.12.7
体重、3.46kg。
急激に減っている。
口内炎がひどく水を飲むことも、食べることもしません。
ラクトフェリ1包を1ccの水に溶かし、なめさせます。
これは口内炎の治療薬。刺激があるのかすこしいやがります。
それと、首輪にアロマテープをつけてあげる。
1999.12.8
体重、3.48kg
ソルラクト点滴。
インターキャット1mlをi.v。
めやにもひどく、ときどき激しくくしゃみをし、すこし血のまじった鼻汁をとばします。
1999.12.10〜12.20
水はのまず、食欲廃絶。
ヒルズのa/dを歯茎にぬってあげるとしょうがないからという感じでのみこみます。
ケージの外にだしてあげるとよろよろとふらつきながらストーブの前にいき、
そこがあきるといすのうえにのってうつらうつらします。
陽のあたる出窓もすきな場所のひとつ。
性格がいいだけにかわいそうで、病院にいる3人のスタッフもなかばあきらめながら日に数回の強制給餌。
ガラガラにやせて、なでると背骨がころころとさわれます。
今年いっぱいもつかどうか。
体重3.22kg → 2.88kg。
1999.12.24
診察室のほうの流し台にレントゲンフィルムをあらいながすためのバットがおいてあり、
そこにたまった水をのみたがる。
WBC 10200
RBC 7710000
HB 13.9
HCT 44.7
GPT 10
Creatinine 0.8
1999.12.27
もう20日以上もほとんど食べていないのにいきている。
自分にからだのタンパク質、脂肪をエネルギー源にしている状態か?
ためしにサイレースという注射をしてみるがたべてくれない。
1999.12.29
体重、2.76kgまで減ってしまったジジ。
水はほんの少しずつ飲んでいましたが、自分から食べることはまったくできませんでした。
ペ-スト状の缶詰めを少々、強制的にたべさせるのがやっとでした。
ケ-ジの外にでたがって弱々しく鳴くものの元気はなく、疲れたようにしてじっとしています。
ところが、そんなジジが突然たべはじめたのです。
いったいどうしたことでしょう。
ドライフードにまたたびの粉をまぜてあげると夢中でたべはじめます。
奇跡がおきたのでしょうか..................。
突然たべはじめたジジ.....................。
2000.1.4
5日間で体重が500gもふえました。
またたびなしでドライフードを食べることもあります。食べることを忘れていなかった.....。
2000.1.5
体重3.56kg
2000.1.6
体重3.70kg
2000.1.7
よく食べる。体重3.64kg
くつろぐジジ
2000.1.14
体重3.84kg
2000.1.20
体重3.96kg。
この1ケ月のジジの症状は基礎疾患としてのネコエイズが呼吸器伝染病FVRを悪化させ、
極度の食欲不振を招き、
エイズ特有の口内炎をも引き起こしたものとかんがえられます。
2000.2.16
ジジは元気です。体重4kg。
2000.3.10
元気です。
出窓で外を眺めるジジ。外はまだ雪。
2000.3.11
...........
院内で散歩。
エイズはだ液、血液を介して伝染します。
だから、食器はジジ専用。
ジジはひとなつっこく、犬、猫にもすぐ近寄って遊びたがりますが、
病院に住む他の猫とも一緒に遊べません。
ジジの部屋を含めて、入院用のケージは週に1度抗ウイルス作用のある消毒薬で完全に清掃します。
2000.4.7
体重が3.8kg。200g減りました。
少し呼吸が早い感じがすることがあります。
食欲も少し減少。
入院の患者さんがふえると小さな携帯用ボックスにいれられ、面白くなさそうにします。
外は大分暖かくなりましたが、ジジは今年になって1回も外には出ていません。
呼吸器症状がかつて命とりになりそうだったので.........。
2000.4.10
朝、呼吸がかなり速く、X線検査をしました。
案の定、胸部を横からみた像に異変がありました。
猫の病気と予防(呼吸器系疾患) 「膿胸」....Pet Vet から引用
この病気は?
胸腔(後ろは横隔膜で仕切られた心臓と肺が収まっている真空の部屋)に細菌性の感染がおき、膿が溜まる状態をいいます。原因菌は、血行性、リンパ行性に進入する場合と、肺胞が破れて進入する場合と外傷性に胸壁から進入する場合が考えられます。この病気も、胸腔内に液体が溜まる為に、呼吸困難を起こします。しかも、化膿が続く限り膿は溜まる一方です。
犬よりも猫に多発します。元気食欲がなくなり、呼吸がおかしいという理由で来院するケースが多いです。診察台に乗せられた猫は、動くことができないのか、じっとしている場合が多いです。
現在の検査方法は?
一般身体検査と血液検査とレントゲン検査が行われます。しかし、胸に溜まった液体の種類を調べる為に、胸腔穿刺を行います。大変悪臭を放つ膿が採取されれば、この病気は確実です。
現在の治療方法は?
安静にして、酸素吸入を始めます。状態の安定を待ち、通常は胸腔に溜まった膿を取り出し、胸腔を洗浄します。数日間、そのようなことをします。もちろん抗生物質は不可欠です。その他、対症療法を行います。
治る可能性は?
治療がうまく運び、併発症がでてこなければ、よく治ると思います。
完治率75%以上。
予防方法は?
ありません。
胸から排出された膿。
血と膿が混ざり、液状になっている。
180ml。麻酔なしで排出しました。
意識がもうろうとしているのでしょう、ジジはなんの抵抗もしませんでした。
Pet Vet の解説には完治率75%以上とありますが、わたしの感触では、治癒率は10〜20%がいいところです。
他に白血病、栄養不良その他の因子が存在することが多く、
うまく回復することはまれです。
臨床家ならそのことをよく知っています。
左の胸の毛を刈り、膿をぬきおえたところです。
BECTON DICKINSON の16ゲージインサイト針つきカテーテル、JMS三方活栓、30mlテルモディスポを使います。
膿を抜くと呼吸状態が改善されて楽になりました。
あたためた生理食塩水で洗浄。
いつもの部屋にもどし、ねかせました。
pm4時。
この写真がジジの最後の写真になってしまいました。
その日の夜、10時に痙攣した柴犬の急患がありました。
点滴をつけたり、飼い主の方にいろいろ説明をする合間をみて何度かジジをのぞきに行きましたが、
もうその時点でジジのまなざしは現実への注意感覚を失っていました。
最後は「クウ....」と言って、それが最後。
ああ、よくがんばった、そう声をかけてあげました。
ジジがよく遊んだねこじゃらし、部屋の名札をおかんに..........。
一番ジジをかわいがり、
いつもたべきれないほどのキャットフードをジジにあげ、
ひまさえあればジジの毛をすいてあげていた当院の従業員KAKOさんに、
ここにジジのことを書き込むように言いました。が、.......、
彼女はこのホームページを最初から眺めるばかり。小さくためいきを