また空いちゃいました^^
この時代、どうしてもSNS中心になってしまいますね。前回の続きです。
去年は、母の余命がどれぐらいなのかまるで分らない状況で、仕事をしていてもダンスをしていても、寝ていても、常に病院から連絡が入るスマホに意識が集中。
1日先の事さえ予測できない為、発表会等、日にちを拘束されるものは当然、人との約束さえ入れられない日々。
それに加え、毎朝海を散歩していたぐらい元気だった母。
介護なんてまだ10年は先の事と思っていたのに、膨大な事務手続きもあり分からないことだらけ。。。
精神的におかしくなりそうでした。
親しい人以外には母の事は話さず、それまでと何も変わらないフリをして同じ生活をする事でなんとか気持ちのバランスを保っていました。
最初に入院して数日後、朝仕事に行くとほとんど働かないうちに病院から、呼び出しの電話。
次の日も、そしてその翌日は手術。
その優秀な医師により母の命は救われましたが、病気の為に併発していた症状を取り去る手術。
病気そのものの治療ではありませんでした。
その後、数か月してから元の病院に戻りました。
元の...と言っても入院してすぐに悪化したので11日間しか入院してませんでしたが、温かく迎えてくれました。
その時の院長の言葉を忘れません。
「よくぞ、生きて帰ってきてくださいました」
母の病気を専門とする医師なので、その手術がとても難易度の高い手術だった事をご存じだからです。
紹介してくれた執刀医。あの先生は素晴らしい仕事(手術)をされましたよ!って。
そんな温かい人柄の院長との出会い、そのものが最高の奇跡でした。
母の症状、周りの家族の生活も含めて、ベストな形で母をみていける療養型の病院に戻れた事ではひと安心でした。
特に毎日通う必要はなく、仕事をしている私や兄の事もよく理解してもらえて、必要な時だけはすぐに連絡をもらえる生活。
手術した医師が「お母さん、手術後は見違えるようによくなります、ただ、残念ですがそれは一時的なものです」と言っていました。
その通り、母の手術後は見違えるようによくなりました。
激痩せし体力はなく歩く事は困難でしたが、病院にいなければ病人と分からないぐらいな母に。
病気になる前、家にしていた難しいパズルや塗り絵なんかをリハビリで楽しんでいました。
毎週末、行くとそれを自慢げに見せてくれました。
そんなよくなっていく自分を楽しんでいる母をみていくのはつらかったです。
「治療」と名のつくものは錠剤の薬1つありませんでした。
行くたびに、母の状態に微妙なものでも何か変化はないか?ドキドキでした。
そんな日々が4月から8月まで続きました。
後から聞いたのですが、9月のある日、院長が母にある提案をしたそうです。
長くなるので、また続きます。。。
モカとバジルは数年前から病気を抱えてますが、毎日まったりしています^^
この平和な日々。。。いつまでも続いてほしいです。
贅沢は何も要らない。
平穏な日々に感謝。。。ですね♪