オニババに噛みついてやりたい
お母さんが夕方帰ってくると、下のうちのオバサンがオニのような形相で駆け上がってきて、和室の押入が水浸しになっているというんです。ボク、本当にオニってこんな顔してんだと思いました。
聞けば、朝からひどい水漏れだったというんですけど、お母さんはその日、洗濯もしないで早くからサッカー観戦に出かけてしまっているんです。だから、洗濯機の水をあふれさせたなんていうことはありません。オニババはお母さんの説明など聞こうともしません。
ボク、この時ほど人間の言葉が喋れたらと思ったことはありませんよ。だって、ボクが留守番してたんですから。ボクのトイレがある洗濯機置場の近くでは、その日なにも起こらなかったんですから。
「あんたが水を漏らしたのに、ウソついて。みんなに言いふらしてやる」なんていうんです。いい大人とは思えない言い草なんです。
水漏れでベコベコになった押入の壁を写真にとってふれ歩いているんです。そんなもの見せても、お母さんが水漏れさせた証拠にはならないというのに。
水漏れ被害があったことは事実なんですが、犯人が誰だかわからないんです。お母さんでないことだけは確かなんですけど、オニババはどうしても真上に住んでいるボクんちを犯人にデッチ上げたかったらしいんだ。
半分ノイローゼになってしまったお母さんは、ケンサンに助けを求めます。ケンサンは当事者同士で話し合ってもラチが開くような相手ではないと考えたのでしょう。管理組合の理事さんに立ち会ってもらって、話し合いをすることを提案したんです。
話し合いに出てきたオニババ夫妻は、例の写真と間取り図を見せて「犯人はあんた以外かんがえられない」の一点張り。ケンサンは「やっていないものをやっているとは言えない」と押し返す。結局、オニババは全額弁償させたいというんですって。
「やっていないのですから全額弁償と言うわけには行きませんが、これではラチがあきませんから、お見舞い金として修復工事費の半額、私のほうで持ちます。ですから、もうこれで終わりにしてください」
立ち会っていた管理組合の理事さんたちも、大きくうなづいて、それがいいのではといったんです。話し合いは、それで終わったんですけど、その後、オニババから工事費の半額を要求してくることはありませんでした。
ボクは犬だからオニババに噛みついてやりたいと思いました。
水漏れ事件はこれで終わったと誰もが思っていたんですけど、世の中って、ホントにすごいことが起きるんですね。ボクは腰が抜けるほどびっくりしてしまったんです。
あの集会室での話し合いからなんと3年も過ぎたある日から、第2の事件が起きたんです。
つづく。