家庭崩壊
ケンサンはお母さんが仕事に出かけることについて、基本的に認めていたようですけど、お兄ちゃんたちとの衝突の場面では、ほとんど口を挟みませんでした。
お兄ちゃんやタクちゃんの怒りがおさまらず、あまりエスカレートしちゃったときだけは、「もう、いい加減にしておけよ」と割って入ったりします。
子供たちが部屋に入っちゃった後、必ず、お母さんとケンサンの口論がはじまるんです。
「なんで、子供たちを叱ってくれないの?もっとあなたからも厳しく言ってくださいよ」
「……」
「黙ってるから子供たちがつけ上がっちゃうんだから。まるで、あなたは子供の味方してるみたいに見えちゃうでしょ」
「実際、奴らの言ってることにも、一理あると思ってるからね、俺は」
「いつも、あなたはそうなんだから。みんなでよってたかって私を…」
このパターンになると結構長くなることが多かったようですね。大体あなたは、とお母さんが言えば、あなたも約束を守ってないとケンサンが応酬する。かなり遅くまでやっているときもありました。
ボク、こんなとき、耳を塞いでしまいたい気持ちです。一人一人はみんな優しいのに、どうしてこんなことになっちゃうんだろう。
優しさがだんだん通じなくなっていく。優しさの数がだんだん少なくなっていく家族が、ボクにはとっても悲しいものに思えてなりません。
お母さんを強い人だなあと思ったのは、お兄ちゃんたちやケンサンを”敵”にまわしても、外で働くことを決して止めようとしなかったことです。
次にお母さんが手を染めた仕事は、主に女性の下着を訪問販売する仕事。なんだか、仕組みはよくわかんないけど、いくら売ったらいくらの利益が上がるなんていう単純な仕組みじゃないんです。
決められた一定の量の仕入れをして、その品物を売ってくれる人をまず増やさなくてはならないわけで、品物を売りながら、いわば『子分』を増やさなくてはならないのです。
そのまた、お母さんの『子分』は、同じように『孫』を増やして稼がせなくてはならないのです。 こういうのを人間社会ではマルチ商法と呼んでいるらしいんですが、お母さんはいっこうに気にしませんでした。
仕入れは現金で支払います。売れなければ在庫の山ができます。『子分』たちにあまり厳しくハッパをかけちゃうと、すぐにやめちゃう恐れがあるので、強く言えません。見る見るうちにボクの家には女性下着の在庫の山ができました。
それでも、お母さんはこの仕事をやめませんでした。何年も何年も、ほとんど利益が上がらないまま、この仕事にどっぷりハマッていったお母さんです。
ボクが見たところ、お母さんがこの仕事をやめなかった理由の一つに、お母さんの『親分』だった人にすっかり憧れちゃっていたからだと思うんです。
つづく。
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