行く末は
「逃げるが勝ちって言うじゃないか。君子危うきに近寄らずともいうし。このまま裁判やって、何年かかるかわかんないし、お金のどのくらいかかるかわかんないしね。コロのことも考えて、とりあえず、コロを放してやれる庭のある家を借りるっていうのはどうかな」
「……」
ボクはすごく嬉しくて、ケンサンの意見に大賛成だったんだけど、みんな黙ったままでした。
みんなの悔しい気持ち、わかったけど、つまらないじゃん、オニババにこれ以上つきあうの。人間って、意地を張る生き物なんだね。
お母さんはケンサンの意見に反対だったみたいなんです。
「何もしてないのに、逃げ出すの、イヤ。私、一生、ここで暮らそうと思っていたんだから」
「……」
いまさら、そんなこと、言ってる場合じゃないとみんな思っていた。だって、ボクでさえそう思ったんですから。
「じゃあ、意地をかけて一生戦うのか、下のオバハンと。子供たちもオレも道ずれにしてあんたがここで頑張るって言うんなら、それでもいいよ。でも、オレに戦えって言うんなら、それはゴメンだね。不毛な戦いはしたくない。子供たちの将来のほうが大切だからね」
「……」
実はこの頃、お母さんとケンサンの間は相当雲行きがあやしくなっていたんです。もちろん、この水漏れ事件ばかりが原因ではありません。
しぶしぶ、ボクたちはこの住み慣れたマンションを立ち退くことになったんです。
簡単に売りにだすといっても、すぐに買い手がつくわけではありません。でも、ケンサンは、「そうと決まれば一日でも早くここから立ち去るほうが安心」と考えていたようです。
ケンサンなりに懸命に家を探しました。お母さんの強い要望で、マンションからあまり遠くないところに一戸建ての家を探すことになったんです。
「友達もたくさんいるし、せっかく仕事のネットワークができたばかりだから、なるべくこの地域内に探したいの」
お母さんの要望がかなって、マンションから車で15分ほどのところにある戸建ての賃貸住宅に移り住むことになったんです。
引っ越しの日、残暑が厳しい9月の日曜日でした。みんな、あまり言葉を発したりしないんです。寂しい気持ちと悔しい気持ちでいっぱいでした。ボク、すごく悔しい思いだった。最後にオニババに噛みついてやりたいと思ったもの。
なんだか、負け戦のような気持ちだったんだ。最もつらかったのはケンサンかも知れないね。引っ越しや大掃除があまり好きじゃないケンサンがその日は黙々と荷物を運んだり、運送やさんの若い人たちにジュースを配ったりと珍しく動いていた姿が印象的だった。なんだか、ボクにはそんなケンサンが少し可哀想に思えちゃったのです。
つづく。