少し前であるが、僕は誕生日を向かえ32歳になった。いずれ追い抜かれるが今はまだナッティより年上である。僕は昨年よりステキな飼い主さんになれただろうか。
32歳と言えば肉体的にはもちろん精神的に全て大人とみなされる。しかしカエルやカブトムシのように明らかな区切りは人間には無く、僕は立派な大人になれたのであろうか。
ってそう考えてる事自体が、まだ未完成な大人なのかもしれない。僕の大人の境界は、オヤツなどを2人以上で食べていて、最後の1枚を心から笑顔で他人に譲れるかどうかである。
その定義でいくと僕とナッティはまだまだお子ちゃまである。これからもステキに歳を重ね立派な大人になりたいものである。立派と言っても人それぞれ、僕の立派な大人像と言えば、伝説の講師である。又聞きの講演であるが、これぞジ☆大人だと関心させられたものである。
少し以前の話である。僕はもちろん偽教授であるが、友人の誕生日会で知り合った、パフィーの向かって左を輩出したNY川市の生活指導の中学校教諭ヤンクミ(仮名)に、講演のオファーを受けた。
当時10年後れの高校生だった僕に、全校生徒の前でなぜ高校に行くのかを自体験をもとに語り、講演の後、高校に行きたくないヤンちゃな生徒達と一緒に授業を受けて欲しいとの事であった。
僕は今でもであるが高校が大好きだったし、学歴以外にも友人やかけがえのない思い出作りなど、高校生活の素晴らしさを知ってもらいたいと、タウンミーティングの謝礼より安い激安の講演料でお受けした。
天地神明に誓って言っておくが、講演料はすべてヤンクミの自腹である。
しかし講演と言っても、僕は滝沢先生のように、学園の荒廃にたった一人で立ち向かい、わずか7年で全国優勝なんて手腕はないし、KREVA、いや金八先生のように、長所を見出し贈る言葉なんて出てくるのであろうか。
とりあえず講演内容をヤンクミに相談した時、聞いたのが伝説の講師の講演である。ラジオなどでも活躍する人物らしいが、まず彼は壇上で学生に対し深々と土下座するらしい。
そして「こんな暮らしにくい汚れた世の中にしたのは、我々大人の責任です。申し訳ございません!」と涙ながらに謝罪すると言うのだ。大体は会場は静まるが、「許さねぇ!」と言ったヤジの嵐もしばしばらしい。
それに対し「許してもらえるとは思ってません、ただせめてもの罪滅ぼしに、1分1秒出来る範囲で、心無い大人が捨てた吸殻を拾い、駅の自転車を整理したり、そしてそんな気持ちを持つ人が増えるよう努力している」と言った事を語ったらしい。
又聞きであったが、僕は酒が入っていたせいもあるが、感動した。僕は人の話をあまり聞かないせいもあって、憶えているのはそれだけであるが、責任と次何をすべきかといった事をキチンとこなす素晴らしい大人だと感動したものである。
人間そして犬飼いとして、1分1秒できる範囲であるが、子供や犬が暮らしやすい環境作りや危険を取り除く努力をするとしよう。
結局、当時僕は仕事をしながら高校に通い、土曜は英会話にフットサルと多忙の為、講演は実現せず、講演料ドロボーとなった。
いつの日か立派な大人となり、ごっついええ一言でもブログで語れるよう、ステキに歳を喰っていくとしよう。